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2013年9月 8日 (日)

罪つくりな科学―人類再生にいま何が必要か

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「トイレなきマンション」と表現されたのは、著者の「原子力発電」(1975)である。
日本で原子力発電が始まったのが1966年、爾来、トイレはつくられていない。
誰も著者の警告に耳を傾けようとはしなかった。
著者は言うまでもなく、許容量や安全性について昔から発言してきているのだが、本書は奥付に発行年月日の記載がないが、1998年の刊行である。
その十余年後、過信は最悪の事態を引き起こし、それから2年半経過しても対応は後手後手にまわっている。
※安全性が証明されるまでは、危険として扱え
※疑わしきは罰せずではなく、疑わしきはクロと考えて対処せよ
※経験を積んでいないものは、安全かどうかわからない。道のものは、研究ならいいが実用にしてはならない。
この至極当たり前のことが、なぜ行われないのか。
安全を過信する者に危険物を扱わせるほど、危険なことはないだろう。

目次
序 科学が人間につきつけた最後通牒
1章 「人類が直面する危機」の科学的大予言−環境ホルモン・温暖化・キレる社会をどうするか
2章 「最先端技術の危うさ」を検証する−核廃棄物・クローン技術・新エネルギーのゆくえ
3章 「現代を蝕む非科学的な発想」を解明する−混沌の教育・政治を打開する、科学的理論
あとがきにかえて
巻末付録I 一九四五年二月警視庁取調べによる著者の特高調書(技術論)
巻末付録II 現代科学技術と人類の歩み(年表)

武谷三男/著
青春出版社

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