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2013年6月28日 (金)

ハプスブルク帝国史入門

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原題は「THE HABUBURG EMPIRE 1804-1918」で、内容も長いハプスブルクの歴史ではなく、19世紀から第一次世界大戦による帝国の消滅までである。

ハンガリーに対して、著者は相当批判的なスタンスである
なぜならば、著者は「諸民族が平等の立場に立って生活し、彼らの民族的文化を自治的に発展させが、民族の保全や平和の維持や経済的繁栄にたいする共通の利害から、密接に協力し合う連邦制であろう」(P.75)という考え方がベースにあるのだが、「王朝の保守性と、ハンガリー人やドイツ人の民族主義者の非妥協性により、そのような発展(民主主義と連邦制に基づく安定して民主的な秩序)が阻止された」(P.2)と考えているのだから
こうした著者の考え方や、刊行された時代からくる制約も含め、訳者は本書を批判的に訳したとしており、そのこともあって、いくつかの史料が加えられている

原著は1961年の刊行、訳されたのは1982年である
邦訳の動機として、1980年に「日本人にとって民族とは何か、東欧にとってのナショナリズムの重要性、地域的相違の内実、社会主義とナショナリズムの関係」について「あらたに考えていく必要を感じた」ことが書かれている
当時、東欧では何があったか
ソ連のアフガニスタン介入が1979年暮れ、ポーランドにおける「連帯」の活動が1980年
ポーランドはともかく、ソ連も東欧諸国もも、停滞の時代を迎えていたはずである
原著が出てから50年、訳が出てからも30年経過し、東欧は当時の東欧ではなくなっていることについてどう評価するか
タイトルからは「ハプスブルク帝国」の歴史ということになるだろうが、ハンガリーの歴史を知るうえで、著者の立場は立場としても本書の内容は興味深い

興味深いといえば、次のような文章を目にしたとき、いつの時代のことを言っていると考えるだろうか

われわれが○○人と言うときに意味するのは、○○人のなかの気が狂ったか腐敗した△△党のことである。この党は、ほかの気違いじみて腐敗した党といっしょになって、□□人と■■人を犠牲にして▲▲を△△人帝国にかえようという下心を持ち、そのためにあらゆる手段を--必要ならば◎◎との野蛮な連合という手段をも--用いるのである

「気が狂った」「腐敗した」「気違いじみて腐敗した」「下心」「野蛮な」といった修飾語を用いた論調の文章は、○○や△△などに具体的な名称を入れると、今でも十分通用するし、じっさいに同じようなことが叫ばれている声も聞こえてくる。
ちなみにこの文章は、1848年の新聞の記述である(P.183)。

第1部 ハプスブルク帝国史
第1章 新時代の幕開け
第2章 立憲自由主義の敗北
第3章 絶対主義時代の終焉
第4章 オーストリア理念の探求
第5章 諸民族の闘争
第6章 1867年から1914年までの国内問題
第7章 1871年から1914年までの外交政策
第8章 戦争と解体
第2部 史料

ハンス・コーン(Hans Kohn)/著
稲野強・小松弘明・南塚信吾/訳
恒文社

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