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2013年5月20日 (月)

Wien2013 20日 (17) Eisenbahnmuseum Deutsch-Wagram

Eisenbahnmuseum Deutsch-Wagramのドアを開けると、中は暗くておじさんが一人座っている。
チケットを購入すると、おじさんは屋内の照明を点けてくれた。
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私たちの他には誰も客はおらず、おじさんがずっとついて説明してくれる、ドイツ語だが。
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「Deutsch Wagram」の地名の謂れを聞いたら、オーストリアにはWagramという地名は25あって(帝国時代か?)、このあたりはドイツ語を話す人たちが住んでいたWagramなので、頭にDeutschをつけたのだそうだ。
この路線北部鉄道は1837年にフロリッツドルフからDeutsch Wagramまで開業したが、北部鉄道がさらに北に伸びていったのはチェコの石炭を運んでくるためだったとのことである。
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開業当時のDeuche Wagram駅のジオラマと、現在のDeuche Wagram駅のジオラマがある。
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開業当時の様子は、ある意味想像も含まれているらしい。
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現在のジオラマには、ちゃんとEisenbahnmuseum Deutsch-Wagramの建物もある。
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ムゼウムには、各時代の制服、地図、帽子、襟章などのほか、駅で使っていた道具や信号設備が展示されている。
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開業当時に走った列車の模型もある。
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料金が一番高い車両が屋根とガラス窓、次に屋根つき、座席付き、最後に何もない立ち席のみ。
また、最近のものでは、西鉄の制服も展示されていた。
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Anschluß時代のHakenkreuzのついた襟章などもあり、きちんと資料を調べると興味深いだろうと思う。
もうひとつ興味深かったのは、帝国時代の北部鉄道が描かれた地図で、ウィーンにはまだ城壁が描かれていることから、1850年代以前の地図であろう。
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ちなみに、北部鉄道の歴史である。
カイザー・フェルディナント・北部鉄道 (KFNB,Kaiser-Ferdinands-Nordbahn)
1837年:フロリツドルフ駅~ドイチュ・ヴァグラム駅開通
カイザー・フランツ・ヨーゼフ鉄道帝室特認会社(KFJB, k.k. privilegierte Kaiser-Franz-Josephs-Bahn)
1868年:チェスケー・ブジェヨヴィツェ~プルゼニ(ピルゼン)延長
1872年:フランツ・ヨーゼフ駅完成
1907年:国有化
昔はこの駅には駅員が35人いたが今は無人駅で、別の駅で管理しているとのこと。
ポイント切り替え装置が残っている。
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線路の犬釘を1本1オイロで売っていたりするが、開業当時の様子を記述していると思われるパンフレットを購入した。。
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※ムゼウム内部の撮影可であることは、案内してくれたEisenbahnmuseum Deutsch-Wagramのおじさんに確認済み。
※Wagramでは、1809年7月5日から6日にかけて、ナポレオン率いるフランス軍とオーストリア軍が戦い、ナポレオンが勝利している。
この結果、10月14日にオーストリアはフランスとシェーンブルンの和訳を結び、フランスやバイエルンなどがオーストリアの領土を割譲し、賠償金も課したのであった。
その後ナポレオンは、マリア・ルイーザ(Maria Luisa)と結婚することになる。

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