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2012年5月 1日 (火)

Wien und Hallstatt/11 The Sound of Music(Volksoper)その2

気になっていた、ナチの扱いについてであるが、ハーケンクロイツは腕章と旗が明示され、「ハイル・ヒトラー」の挨拶もある。
腕章をするのは、ロルフと地区長、そしてSS。
映画では、ナチの旗をトラップ(舞台ではカピテン=艦長と呼ばれているが、大佐のCaptainではない)が取り去る場面があったが、舞台ではその場面はない。
祝祭劇場でのコンクールの場面で、舞台に巨大なナチの旗が下げられているが、その前には紗幕があって、直接にはナチ旗は見えないような仕掛けになっている。
「ハイル・ヒトラー」は、ロルフ、執事、地区長が見せる。

アンシュルスについては、台詞にあったのかもしれないが、舞台の上を見ているだけではよくわからない。
トラップをベルリンに呼び寄せるために、舞台では海軍軍人が訪問しているが、映画では手紙を見るだけだったと思う。
そのとき、地区長と家の外にはSSもいる。

祝祭劇場の場面では、客席のドア前にドイツ兵が立つのだが、さすがに恐怖心がわいてくる。
また、地区長とSSは、下手側のバルコン席に座っている。
祝祭劇場から修道院に逃げた場面は、映画ではロルフとトラップとのやりとりがあるが、舞台ではその場面はない。
ロルフが一家を前にして何か叫んで去っていくのだが、この台詞内容が聞き取れず、何と言っているのだろう?

トラップは、第一次世界大戦での功績であれこれの勲章をもらっているし、結婚式のような公式の場ではこれらの勲章をつけていたはずなのであるが、舞台ではきらきらしたものがついてはいるが、それが何かは確認できなかった。
また、ナチではなかったが、オーストロファシズムの人なので、もしかしたらKruckenkreuzの徽章をつけてかもしれないが、これも確認できず。

さて、もとになったのはブロードウエイの舞台であって映画ではないのだが、私はブロードウエイは見ていないので映画と対比すると、歌のタイトルはもちろんだが、歌われる場面がいくつか異なる。

私のお気に入り
映画:雷をこわがる子どもたちを励ますマリアが唄う
舞台:修道院でマリアと院長が唄う
ドレミのうた
映画:子どもたちにマリアが歌を教える
舞台:トラップ家に到着したマリアが唄う
ひとりぼっちの山羊飼い
映画:子どもたちがパーティーで人形劇をする
舞台:雷をこわがる子どもたちを励ますマリアが唄う
エーデルワイス
映画:コンクールのほかパーティーでも歌われる
舞台:コンクールのときのみ

さらに、男爵夫人が、トラップやマックスと唄うのである。

エーデルワイスは、アンコールでも歌われる。
プログラムに、歌詞がある。
ただ、映画の場面のように、会場が一体になるようには盛り上がらなかった。

ちなみに、2005年のフォルクスオーパーでのライブ収録CDの曲目は、次のとおり。
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1.Akt
1. Einleitung: Rex admirabilis / Alleluja (Nonnen)
2. The Sound of Music / Das Lied der Berge (Maria)
3. Maria (Mutter Oberin, Schwestern Magarethe, Bertha, Sophie)
4. Die Dinge, die ich gerne mag(Mutter Oberin, Maria)
5. C-D-E (Maria, Kinder)
6. Sechzehn, beinah schon siebzehn (Rolf, Liesel)
7. Der junge Geißhirt (Maria, Kinder)
8. Lebt die Liebe noch? (Kapitän, Max, Elsa)
9. Reminiszenz: Das Lied der Berge (Kapitän, Maria, Kinder, Elsa)
10. Leb wohl, good bye (Kinder), Reminiszenz: Der junge Geißhirt
11. Die höchsten Berge (Mutter Oberin, Maria, Nonnen)
2.Akt
12. Kein Mensch kann es ändern (Elsa, Max, Kapitän)
13. Gut gemacht (Kapitän, Maria)
14. Die Hochzeit: Reminiszenz: Maria, Confitemini Domino (Nonnen)
15. Reminiszenz: Sechzehn, beinah schon siebzehn (Liesel, Maria)
16. Reminiszenz: C-D-E (Maria, Kinder, Kapitän)
17. Edelweiß (Kapitän)
18. Reminiszenz: Leb wohl, good bye (Max, Maria, Kinder, Kapitän)
19. Reminiszenz: Die höchsten Berge (Mutter Oberin, Nonnen)
20. Applausmusik

トラップ氏について(メモ)
1 Ritter、勲章
"Georg Ludwig, Ritter von Trapp"と、"Ritter"の位が与えられている。
父も同様"Ritter"の称号を持っているが、おそらく世襲の爵位ではなく、一代限りの称号と思われる。
正規の爵位の最下位である"Freier"(男爵)よりも下位、「騎士/Sir」か。
ゲオルグはマリア・テレジア軍事勲章(Militär Maria Theresia Orden)などを授与されている。
de.wikipediaには、"Dafür erhielt er nach dem Krieg das Ritterkreuz des Maria Theresia-Ordens"と書かれているのだが、オーストリア・ハンガリー帝国の勲章なので、第一次世界大戦後ではないとは思う(昭和20年以後に、日本政府が大日本帝国軍人に勲章を授与するようなもの、ただし、オーストリア共和国は連合国の占領下にあったわけではないが)のだが、いつだかはよくわからない。

2 義和団事件とマニアックなおまけ
1898年に士官学校を卒業した後、1900年、士官候補生ゲオルグは防護巡洋艦「ツェンタ」(Zenta)に乗船し、上海から北上、装甲巡洋艦「SMS・K&K・マリアテレジア」(Seiner Majestät Schiff Panzerkreuzer der Kaiserin und Königin Maria Theresia)と合流し、北京に篭城する外国人などの救援(→ほとんど参考にはならないだろうが"55 Days at Peking")に参加。

余談であるが、このとき、防護巡洋艦「SMS・カイザリン・エリーザベト」(Seiner Majestät Schiff Kaiserin Elisabeth)も参戦している。
防護巡洋艦「SMS・カイザリン・エリーザベト」は、フランツ・フェルディナント皇太子が1893年に来日した際、トリエステから長崎に来航している(→「オーストリア皇太子の日本日記」、講談社学術文庫)。
その後、防護巡洋艦「SMS・カイザリン・エリーザベト」は、1914年に日本に友好訪問したが、中国に向かった時にサラエボ事件が起こり、青島のドイツ東アジア艦隊に編入されてしまう。
交戦を望まなかった日墺両国は、いったん防護巡洋艦「SMS・カイザリン・エリーザベト」を武装解除するものの、ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世の要求によりオーストリア・ハンガリー帝国は日本に宣戦布告、防護巡洋艦「SMS・カイザリン・エリーザベト」も戦列に加わる。
10月末、日本軍が青島総攻撃開始。
11月2日、弾薬が尽き、膠州湾内に自沈。
1月7日、青島のドイツ軍が降伏、防護巡洋艦「SMS・カイザリン・エリーザベト」乗組員も捕虜となって日本に送られ、青野ケ原と習志野等の捕虜収容所に収容される(オーストリア・ハンガリー帝国とはあまり関係ないが「バルトの楽園」)。
青島におけるドイツ軍とドイツ皇帝のやりとり。
青島「最後の一兵となるまで戦わん」
皇帝「がんばれよ」
一週間後
青島「闘いわれに利あらず。われ降伏す」
皇帝「よくやった」

装甲巡洋艦「SMS・K&K・マリアテレジア」の模型と防護巡洋艦「SMS・カイザリン・エリーザベト」の絵は、ウィーンの軍事史博物館で展示されている。

3 大佐か少佐か
ゲオルグの階級は"Korvettenkapitän"、訳せば「海軍少佐」、艦長は略して"Kapitän"と呼ばれる。
フォルクスオパーのキャスト表でも、「Kapitän Georg von Trapp」と表されている。
いっぽう、英語圏の海軍大佐は"Captain"であることから、トラップ「大佐」と呼ばれている。

4 国籍のことなど
ゲオルグの出生地ザダルは現在クロアチア領であるが、第一次世界大戦まではオーストリア・ハンガリー帝国領、第一次世界大戦に敗れたことで、1920年のラバッロ条約によりイタリア王国領となる。
上に書いた日本に抑留された防護巡洋艦「SMS・カイザリン・エリーザベト」乗組員は、第一次世界大戦が終わって帰国するときには、オーストリア・ハンガリー帝国民としてではなく、それぞれ独立した国の民として帰国している。
このため、ゲオルグの国籍がどうなっていたのか興味深いところである。
海軍から召集されたということは、オーストリア国籍(オーストリア共和国/Republik Österreich、1934年からオーストリア連邦国/Bundesstaat Österreich)は持っていたのであろうが、イタリア国籍も同時に持っていたのかどうか。
オーストリアを去る時は、イタリア経由でスイスに入っているが、国境をどのように越えたのか。
1938年当時であれば、ムッソリーニは必ずしもヒトラーと一致していたわけではなくアンシュルスには反対していたこと、ゲオルグはイタリア・ファシズムと近いオーストロ・ファシズムの立場であったことから、案外たやすくイタリアに入れたのかもしれない。

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