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2011年11月27日 (日)

ドイツ兵士の見たニッポン―習志野俘虜収容所1915~1920

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2001年1月に習志野市教育委員会が「ドイツ兵の見たNARASHINO 1915-1920習志野俘虜収容所」を開催した。
本書は、この展覧会がベースとなっている。

山梨のワイナリー、ケテル、ユーハイムなど、日本で現在知られるドイツ関連の多くが、第一次世界大戦時に日本において俘虜となっていたドイツ兵士たちが遺したもの、あるいは、ドイツに帰らず日本で伝えたものが多いことは、よく知られているところだ。

オーストリア・ハンガリー帝国の俘虜のことは少し触れられているが、主にはドイツ兵たちであり、収容されていた建物は、異なっていたようだ。

大正8年の青きドナウ(習志野市のサイト)
船橋市習志野霊園では、ドイツ国民追悼の日(毎年11月第3日曜日)に慰霊祭が行われている。
慰霊碑は、1955年に設置されたらしい。
2008年11月11日、ドイツ俘虜オーケストラの碑が設置された。

第1部 習志野俘虜収容所-その忘れられた歴史
日本とドイツ、日本とオーストリア―幕末から大正までの点描
青島の戦い―大正三年
浅草、静岡、福岡、大分への収容
習志野での四年半―大正四年から八年
帰国―大正九年
その後の日々
第2部 捕虜の日記帳から
クリスティアン・フォーゲルフェンガーの日記から
ヤーコプ・ノイマイヤーの日記から

習志野市教育委員会
丸善
ISBN-10:4621060945
ISBN-13:978-4621060940

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