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2011年5月 2日 (月)

レーゲンスブルクの歴史(2)

973/ヴォルフガング司教、ボヘミアをレーゲンスブルク司教区から分離しプラハ司教区創設。
975/聖エメラム修道院長ラムウォルト、修道院規律を改革。
995/ハインリヒ2世、バイエルン公爵としてレーゲンスブルクを統治。
1090/聖ヤコブ修道院成立。
11c/聖職者や宗教学問・芸術の中心地となる。特に商人たちにより力強く興隆するヨーロッパ交通の中心地として交易が栄え、ドイツにおける主要商業都市として栄え、塩、織物、毛皮、穀物、ワイン、香料がドナウ河や陸路を通って全国に運ばれる。富豪商人(パトリッツア=都市貴族)ツァント、トンドルファー、ルンティンガー、イタリア、フランス、オランダ、ロシアまで取引する。防衛用の塔や礼拝堂月の家を築き、壮観な家々が立ち並ぶ。レーゲンスブルクの貨幣が他の都市の見本となる。雄大で中世の代表建築物、ゴリアトハウス、ヴァウムブルガートルム、ゴールデネェア・トルムなど建築。
1135/シュタイネルネ・ブリュッケ、アルテス・ラートハウス、聖ペーター大聖堂建造開始。
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1135/ヒストリッシュヴルストキュッヘ開店
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1146/シュタイネルネ・ブリュッケ完成。
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1147/ドイツ王コンラート3世、第2次十字軍を率いてレーゲンスブルクから出発。
1157/ハインリヒ獅子公、レーゲンスブルク帝国議会からバイエルン公領を授与される。
1156/レーゲンスブルク帝国議会、オーストリアをバイエルンから分離。
1180/ハインリヒ獅子公、バイエルンを公爵廃位、バイエルンはヴィッテルスバッハー家が統治。
1189/皇帝フリードリヒ1世、第3次十字軍を率いてレーゲンスブルクから出発。
1207/ドイツ王フィリップ・フォン・シュヴァーベン、特許状「フィリッピーヌム」発布。
1221/フランシクコ会聖サルヴァートル修道院成立。
1227/ユダヤ人シナゴーグ成立。
1229/ドミニコ会聖バジリウス修道院成立。
1245/皇帝フリードリヒ2世の「市長および議会を設置する特許状(フリデリツィアーヌム)」により帝国自由都市(レーゲンスブルグ)となる。
1260/アルベルトゥス・マグヌス、レーゲンスブルク司教となる。
1273/旧市庁舎「アルテス・ラートハウス」の塔が建てられる。
1275/レーゲンスブルク大聖堂建造開始→250年の歳月をかけて完成。
1280/市壁構築。
1360/ウィーンへ通じる門道として東門「オステントーア」建てられる。帝国ホールが増築される。
15c/レーゲンスブルクの重要性が降下する。
1486/バイエルン公国に支配される。
1496/レーゲンスブルクの独立回復。
1505/画家アルブレヒト・アルトドファー、市民権を得る。
1514/ツフト(同業組合)と市民が皇帝側の統率者と争いを起こす。市参事会員や職人達は拷問にかけられ処刑される。
1519/皇帝マクシミリアン1世死去にともない、住民たちはユダヤ人を追放、ゲットー(ノイプファー広場中心にあったユダヤ人地区)を破壊、ノイプファー教会建設開始。
1520/ユダヤ教会の廃墟地に礼拝堂が建てられ、広場に聖母マリア木像が立つ、回国巡礼教会として多くの巡礼者がレーゲンスブルクを訪れる。

<続く>

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