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2011年5月 3日 (火)

7 NSDAP関連地の散策

午後の残りの時間を、NSDAP関連の場所を歩いてみることにした。
ホテルを出て北に歩いていくと、ケーニヒ広場(Koenigsplatz)に至る。
ケーニヒ広場には、マクシミリアン1世の息子、ルートヴィヒ1世によって建設されたプロピュライオン(Propyläen、古代ギリシャ神殿柱廊門)がある。
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レオ・フォン・クレンツェによる擬古典主義の建築で、1862年に完成した。

ここからケーニヒ広場を東に歩いていくと、南側に古代美術博物館(Antikensammelungen)がある。
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反対側の北側に建つのは、彫刻美術館(Glyptothek)。
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ブリーナー通りとアルソフィス通りの角に、看板が立っている。
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この看板には、かつてのNSDAP支配時代の写真が描かれている。
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そして、地図。
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さらに、説明書き。
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NSDAPが支配していた頃の、ケーニヒ広場からカロリーネン広場までの説明をしている。

ブリーナー通りの南側に建っているのは、旧NSDAP党本部である。
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現在は、図書館やバイエルン州立グラフィック収集館の建物になっている。
旧党本部とブリーナー通りの間にある繁みは、栄誉堂の跡。
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ブリーナー通りの北側には、旧NSDAP総統官邸が建っている。
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現在は、ミュンヘン音楽演劇大学(1846年にバイエルン王立音楽アカデミーとして設立された)の建物である。
旧総統官邸とブリーナー通りの間にある繁みは、栄誉堂の跡。
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旧総統官邸では、1938年にヒトラー、ムッソリーニ、チェンバレン、ダラディエによりミュンヘン会談が開かれ、ミュンヘン協定が成立した。

旧総統官邸、旧党本部の3階の窓の間が広くなっているところ(1階と2階の間のひさしの上)には、鷲の紋章の跡がある。
ふたつの栄誉堂はミュンヘン一揆の犠牲者に捧げるために建設されミュンヘン一揆の犠牲者の墓地となっていたそうだが、戦後、撤去された。

<続く>

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