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2011年4月30日 (土)

3 トゥルン・ウント・タクシス城

敷地をぐるっと一周するように歩いて、トゥルン・ウント・タクシス城の門の中に入る。
入り口には案内板がある。
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建物の間を歩いていく。
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左側に、入り口を示す標識がある。
正面に塔が見えるが、位置は建物の向こう側になるので、てっぺんだけしか見えない。
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標識に沿って曲がると、入り口が開いている。
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トゥルン・ウント・タクシス家の起源はイタリアのデッラ・トッレ(della Torre)家で、1489年にフランツ・フォン・タクシスがマクシミリアン1世の郵便物を請け負ったことにより、後にド・ラ・トッレ家の紋章(ホルンの図柄)がポストホルンとして郵便マークになった。
http://de.wikipedia.org/wiki/Thurn_und_Taxis
トゥルン・ウント・タクシス家は郵便事業で財をなし、1812年に聖エメラム修道院の南翼に住むようになったのが、トゥルン・ウント・タクシス城(Schloss der Fursten von Thurn und Taxis)のはじまりである。
1858年、マクシミリアン・アントン・フォン・トゥルン・ウント・タクシスはヘレーネ・フォン・バイエルン(Helene Caroline Therese, Herzogin in Bayern、エリーザベトの姉、オーストリア帝国のフランツ・ヨーゼフ皇帝と結婚する予定でお見合いをしたが、フランツ・ヨーゼフ皇帝はヘレーネの妹エリーザベトと結婚してしまった)と結婚している。
トゥルン・ウント・タクシス家は1867年までドイツにおける郵便業を独占したが、郵便事業が国営化されてゆき、トゥルン・ウント・タクシス家は郵便事業をバイエルン州に売却した。

<続く>

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