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2011年4月21日 (木)

言葉の力~リヒャルト・フォン・ヴァイツゼッカー

Books040
ドイツ連邦共和国大統領(Bundespräsident)の持つ権限は制限されていることから「演説だけが仕事」と言われているらしい。
そのなかでも、ヴァイツゼッカーは「言葉とそれが伝える内容こそ政治」と確信していたそうだ。

リヒャルト・カール・フォン・ヴァイツゼッカー
Richard Karl Freiherr von Weizsäcker(1920年4月15日~ )

キリスト教民主同盟(CDU)
西ベルリン市長:1981年~1984年
第6代連邦大統領:1984年~1994年

ちなみに、同時期の首相は、ヘルムート・コールである。
Helmut Josef Michael Kohl(1930年4月3日~)
第1次~5次
1982年10月1日~1983年3月29日
1983年3月30日~1987年3月11日
1987年3月12日~1991年1月18日
1991年1月18日~1994年11月17日
1994年11月17日~1998年10月27日

ヴァイツゼッカーは2期10年にわたって、ドイツ連邦共和国大統領に就任し、その間にドイツは統一している。
本書は、ドイツ敗戦40周年の1985年5月8日の演説から、大統領退任後の1995年8月7日に東京で行われた演説まで、11の演説が集められている。
CDUに所属しながら、演説の内容はCDUの立場にとどまりはしない。
ドイツ連邦大統領(Bundespräsident)の職が持つ権能から、政治的な動きをすることができない存在であることだけが、その理由ではないだろう。

ひとつひとつの言葉は重いのだが、第三帝国においてリッベントロップ外相のもとで外務次官を務めた父エルンスト・フォン・ヴァイツゼッカー(Ernst Freiherr von Weizsäcker、1882年5月25日~1951年8月4日)が、ニュルンベルグ裁判において平和に対する罪、人道に対する罪などを問われたとき、弁護に関与しているが、そのときの父親に対する評価を考えると、言葉がどこまで信頼できるかというところでは、釈然としないものがある。
しかし、このときの経験が後に多くの考えをもたらすとともに、行動につながることになったということなのだろう。

また、1995年5月8日の演説(本書では「荒れ野の40年」)について、ワイツゼッカーのことばは「謝罪していない」「ヒトラーのせいにしているだけ」という評価、「だからこの言葉をひきあいに日本のありようを云々するのはお門違い」といった意見があるが、キリスト教における「罪」「贖罪」の意味合い、罪の赦しを求める者と神との関係を理解していないことによる意見だろう。
ただし逆に、「ドイツは謝罪し反省し行動している、それにひきかえ日本は・・」という意見にしても、同様に神との関係の理解のうえにたったものかどうかは、疑問ではあるが。

来日した時の演説一節を引用しておこう。
人間同士の個人的な付き合いの上での経験が、国と国の関係にも当てはまります。ときには謝罪が必要ですが、嘘偽りのない謝罪でなければ効果がありません。信じてもいない謝罪なら、むしろ止めておくべきでしょう。本気でなければ、謝罪などしない方がましです。ドイツでの経験では、謝罪と償いの行動には特段の意味があり、ときには単なる言葉よりも大切であり効果的でさえありました。(本書所収の「水に流してはならない―ドイツと日本の戦後五十年」より)

リヒャルト・カール・フォン・ヴァイツゼッカー(Richard Karl Freiherr von Weizsäcker)/著
永井清彦/訳

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