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2011年4月29日 (金)

6 Drei Flüssenは、Drei Fußではない?

Rathausから、先端部まで歩くことにした。
旧市街から川沿いをのんびり歩いて10分ほどで、ドナウ川の対岸にオーバーハウス要塞と川沿いのニーダーハウス要塞(Veste Niederhaus)を望むことができる。
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ところがさらに先に歩くと楽隊の音楽が聞こえ、船が停泊し、岸辺でパーティーをやっている。
なので、イルツ川がドナウ川に合流するところは船に遮られて見えない。
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これから船旅に出るのだろうか。

最先端まで行くと、「Drei Flüssen」の案内板が立っている。
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案内板で、3本の川の色の違いがわかる。
そして、錨と碑。
碑には「Den Opfern der Donau」と書かれている。
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地面にある先端の印の先を、イン川からドナウ川に船がすすんでいく。
この先は、すぐにオーストリアである。
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今度は、イン川側を歩いてみることにした。
イン川のほうが、ドナウ川より広い。
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1250年に建設された旧市壁(大砲でも撃ったのか、穴があいている)やニーデルンブルク修道院(Kloster Niedernburg、739年にパッサウに司教座が置かれ、翌740年にニーデルンブルク修道院が設置される。その後ベネディクト派女子修道院として活動。1161年にパッサウ司教が所有権を獲得。現在は修道女会 Englische Fräulein)のそばを歩いて行くと、きれいな藤棚があった。
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そして、道にカモが歩く。
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川面を見れば、カモのヒナが泳いでいる。
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川筋の道から旧市街にもどり、HBの看板が出ていたお店でヴルストとカルトッフェル、ビールのお昼。
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おばさんが妙になつっこくて、「どこから来たの?」と聞かれたので、「日本から」。
パッサウでは、まだまだ日本人が珍しいのだろうか。

<続く>

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