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2010年9月 6日 (月)

長野と日光 (11) 東照宮 その2

御水舎で手を洗って、陽明門の石段をあがる。
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大きな陽明門が、上からせまってくるようだ。
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陽明門をくぐって回廊の中に入ると唐門があるのだが、現在修復工事中だった。
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内部で、作業が行われている。
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奥社にあがっていく参道入り口の門の上には、国宝眠り猫。
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向きによって、表情が違う。
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陽明門の柱の一本、石段をあがり陽明門をくぐりぬけたところの左に立つ柱が逆柱で、他の柱とは模様がさかさまである。
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その意味は、魔除けだとか、建物は完成したときから崩壊が始まるので1か所は違う模様にして建物が未完成であるとして安泰を願ったとか、意味があるらしい。

陽明門を下りて本地堂にあがり、鳴竜を実感する。
内部は撮影禁止。
竜の顔の下以外のところで拍子木を打っても共鳴はないが、顔の下であれば共鳴するのがわかる。
しかし、なぜ障害者割引だと本地堂に入れないとしているのか、わからない。
お堂に入るのに、高い段々をあがらなければならないが、そこさえクリアすれば内部に段差はほとんどない。
一般料金のチケットを持つ車椅子ユーザーが本地堂にかつぎあげてもらえれば入れてしまうのか、それとも入るのを制止されてしまうのか。
移動困難以外の障害者の場合は、どうなるのだろう?
陽明門にしても、石段というバリアはあるのだが、「入れない」という説明はなかった。
いずれにしても、古い建造物とバリアフリーとの間には、緊張関係がある。

表参道に面して、ちょっとした休めるところがあり、金谷ホテルの宮庵もあったので、休憩時間にする。
木々の下とはいえ、2時間歩くと、かなり疲れる。
宮庵のテーブルの上には、昔の観光案内を印刷した紙が置かれていた。
日光には軌道線があったようで、調べてみると1968年に廃止された東武鉄道日光軌道線がそれで、東武日光駅・国鉄日光駅から馬返までを結んでいた。
馬返からは、ケーブルカーの東武日光鋼索鉄道線が明智平まで結んでいたが、1970年に廃止されている。
明智平のロープウエイも当初は東武日光鋼索鉄道が運行していたが、1943年に不要不急線であるとして撤去されたものが1950年に復活し、現在に至るようだ。

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