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2009年7月21日 (火)

五島で日蝕、そして軍艦島:21日(2)

次に向かうのは、浦上天主堂
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大正3年に建てられた旧天主堂は、昭和20年の原爆により崩壊、昭和34年10月に現在の天主堂に再建されている。
被曝当時の像のいくつかは、残っている。
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この日、天主堂内部にはどこかの学校の生徒たちがいて、一般車は入ることができなかった。
そばの信徒会館には、被爆遺産が展示されている。
爆風で吹き飛ばされた天主堂の左搭鐘楼は、現在も遺構としてそのままの状態で保存されている。
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一転にわかにかき曇り、大粒の雨が落ちてくる。
向い側のカトリックセンターの喫茶店に逃げ込んで、雨が通り過ぎるのを待つ。
松山町から長崎駅に出る。
このとき、低床の3000型に乗車できた。
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博多などと結んでいる885系「かもめ」が停車している。
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横には、シーサードライナーとして走る、ブルーの車体に赤い扉のキハ66・67系と、旧国鉄色に塗り替えられたキハ66 1が並んでいた。
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