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2004年12月25日 (土)

降誕祭は維納で 搭乗

成田では搭乗開始時間の10分ほど前の時間を指定されたが、この空港ではそうした指示はなかった。
でも、ちょっと前には行っていようと、出国手続きをする。
パンテーラで出国カウンターに行くと、カウンターテーブルはかなりの高さだったが、「車いすはあっち」と言われることもなく通過、ボディチェックと手荷物検査をすませ、これでオーストリア出国となる。

搭乗口に行くと、OS51の機体が見える。
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ベンチに座っていたら、もう一人、車いすの日本人のご婦人が現れた。
障害者ではなく、負傷者のようだ。
聞いてみると、なんでも骨折してしまったのだとか。
そばについているのは、たまたまナースの資格のある人。
Sisiyさんの車いすを見て、性能だとか使い勝手だとかお値段だとかの話に花が咲いていた。
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その間、私はホテルから失敬してきたリンゴをかじる。
成田検疫で没収されたら、もったいないもの。

空港の職員が集まりだした。
車いす組が最初に搭乗。
車いす要員は若いおにーちゃん、だが、彼は骨折ご婦人につき、Sisiyさんは自走。
骨折ご婦人は入口で機内用車いすに苦労して乗り換え、中に入っていく。
Sisiyさんは入口でパンテーラを降り、「この姿のまま運んでね」と、預かってもらう。
パンテーラにはラベルがぶらさげられ、私は「Delivery at Aircraft」とかかれ、番号が入っている引換券をもらう。
席は、26のJ、K。
おお、来る時と同じ席だ。
骨折ご婦人は少し後ろ、トイレなどがある場所の直後で前に余裕のある席についていた。
込み具合はどうかなと、日本人アテンダントを探す。
前の方にいたので聞いてみたら、この便はほぼ満席とのこと、来たときのように2座席独り占めは不可能のようだった。

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OS51は、12時35分、定刻どおり出発する。
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滑走路を走り、離陸。
オーストリアがどんどん離れていく。
これからの苦痛の12時間、映画(ジャッキー・チェンが出てくる80日間世界一周)を見たり、28に座っていた骨折ご婦人のお仲間とお友だちになったり、フライトレコードカードを頼んだりしたり、居眠りして過ごしたのだった。

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